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「ザンキゼロ」の感想・レビュー

 

西暦2018年。あの夏の夜。 たった一晩で、世界は終わっていた。
廃墟が漂うこの地球[ホシ]で-- 僕らはまだ、生きている。

『人類滅亡まで残機[ノコリ]8人』

 

ダンガンロンパスタッフが手掛けた新作、期待しないワケがなく発売日に購入。
クリアまでなんだかんだ時間がかかった要因は2つ。

 

ひとつめ、「コワい」

彩度の高いブルー、入道雲、地平線、ゆだるような暑さ、人類最後の生き残り、クローン人間。パッケージや公式サイトから「この作品は青空のしたでサバイバルするゲームなんだなあ。」という印象を抱く。
安心してほしい、暗くて狭い廃墟で戦うことになる。悲しいことにウソではないし、これがとにかくコワい。

 

まず、操作性にクセがある。バイオ初代やった人ならわかると思うんだけど、こう……十字キーで方向を決めてから別ボタンで走るんだよ。
そして購入前にエンカウント方式のバトルと勘違いしてたが実際はシームレス。ようするにダンジョン歩いてると横からいきなり攻撃くらって死ぬ。イノシシの突進で死んだときはvita投げそうになった。


つぎに、多くのダンジョンが暗くて狭い屋内ちょっと先も見えないほど視界が遮られている。
メタ的なことを言うと、「3Dの処理が追いつかないので動きがカクカクしている遠くのクリーチャー」をわからないように暗くしている、と思う。PS4版は未プレイなのでそっちは軽快かもしれないが、VITA版は「動作落ちしてるんだな~」とステージ5で気づいた(ステージ5は青空のしたで戦える天国。)ので。たんに自分のVITAの調子が悪かったなら笑う。

 

そして、このゲームは廃墟の出来がすごく良い。かつて人が過ごしていた文明の痕跡、ひやりとした空気感、かびくささ、長年で積もっていそうなほこり。そういう見えるはずのないものまで、まとっていそうな雰囲気。

 

以上、三点からわかるのは探索が怖い。メチャクチャこわいのだ。

 

不思議なもので、数少ない青空のしたのダンジョンはまったくコワくない。せまい廃墟になった瞬間、恐怖が止まらない。
まあ地獄恐怖過酷暗闇戦慄ショッピングモールは「無音難易度最低でマッピング以外の画面を見ない」という独自の"必勝法"でクリアしたし慣れたらどうにかなるのでいい。電気も途中で付くし、あちらこちらに散布しているマネキンの生首も茶目っ気と受け取れる余裕も出てくる。
ただし、ステージ7おまえはダメだ。このゲームでこんなに恐怖を抱くと思っていなかった。まちがえてバイオハザードを買ったのかと思っちゃったよ。でもダンジョンの種類一致具合といい、ゾンビが出てくることといい、実質バイオハザードアウトブレイクでは?

 

ふたつめ、クセのあるシステム

クセばっかだな。良く言えば挑戦的でユニーク。悪く言えばこのゲームを投げる要因。

ゆりかごから墓場まで13日、人間ダービーシステムなのでドンドン死んでドンドン『シカバネ (例として『ヤギに殺られたら次に生き返った時、ヤギの攻撃に強くなる』という耐性)を身につけていくのだが、死んだときのデメリットが多い。


いちばん気になったのは、死んだときに所持していたアイテムが床に全部バラまかれる。例えば海辺で死んだとき、床の数に制限があるのでアイテムをロストする可能性が非常に高い。重要アイテムでも容赦なくロストする。一応低確率でダンジョンに復活?するらしいが重要アイテムは別枠にしてほしかったな……。一度パーティクル無くしたので…。

と思ったら8月にパッチが配布されて、上記の点がだいぶ解決でも高難易度のときに画面端に追いこまれたらどうあがいてもロードは自分でがんばろうね!

 

あと、8人扉の存在
全ダンジョンに存在する、ラスボス前に「全キャラ生存」が条件で開く扉です。でもダンジョンの階数が変わるごとにキャラクターの年齢も比例して老けていくので、だいたい一回は拠点に戻って復活させることになる。けっこう手間。
ラスボス前に休憩場所があるので、そこにエクステンドマシンを置いてほしかったのが本音だが、シナリオの特性上それは難しいんだろうな。

 

まとめ

総じてクセが強い。
あと性描写がムチャクチャ多い。私はこういうテイストの作品が好きなので問題点に入れなかったが、一般的にはマイナスポイントになるでしょう。同スタッフが多いということでダンガンロンパで例えると、あちらより生々しい。あっちを陽の下ネタとするなら、こっちは陰の下ネタ。

 

キャラクターの過去は陰湿な性描写が多く、あきらかに何かやってるだろと隠喩どころか直喩な「添い寝システム」(異性でも同性でも添い寝できるし、添い寝CGは老人状態でも幼児状態でも全キャラVERあるのがスパチュ●の業を感じさせる)。クローン人間は子供を作れない、システム上全キャラ漏らせる(ボイスもある)、などなど。
性的なものを彷彿させる要素満載なうえに、趣味が良いとは決して言えない性癖ゲー。人間ダービーゲームな時点で””そういう要素”は察していたが、こうして羅列するとよくコンシューマで出せたな。

余談ですが「添い寝システム」に関しては、クローン人間だから何度も生と死を繰り返すうちに「何が最初で何が終わりか、自分たちは生きているのか死んでいるのか?」と自問自答しちゃうと思うんだよね。ウロボロスみたいに。だから、年齢や性別や社会的倫理の境目(さかいめ)はあやふやになり、「"アイデンティティー(自我)の再確認"のために性行為しそうだな…」と思った。いや、性行為しているとは明言されていませんが…。

 

とまあ人を選ぶ要素てんこもりだが上記とは裏腹にエンディングはとてもさわやか、後味がとても良い。そしてクリアしてからしばらく経った今でも胸に残る痛み。人間の澱がドコドコ出てくる本作だが、このエンディングはまっすぐで、多くの人の心に残るものだ。
ハッピーエンドとはいえないがバッドエンドでもなく解釈の余地があるので、ロンパが好きな人間は好きなオチだと思う。わたしはダンガンロンパファンなので、小高氏が本作品に関わっていないと聞いたとき少々ガッカリしなかったと言えばウソになるが、小高氏の場合はまったく別のエンディングを迎えたと思うので、ザンキゼロはコレで良いのだ。

陰惨な過去や添い寝システムをプッシュしたほうがこの作品に触れるひとは多いんじゃないかと思うが、クリア後に青空のしたで生きている8人のパッケージを見ると、この作品はそういうものでいいんだと思う。 

 

ダンガンロンパスタッフが関わった!」と宣伝するだけあって、キャラクターは非常に魅力的。
キャラクターデザインは最初地味な印象だったが、クリア後は大好きになった。全員に見せ場があり、クリア後は8人全員を好きになる。個人の好みで人気差はあるだろうが、誰を好きになってもおかしくないポテンシャルだ。
自分はサチカとゼンが特に好き。

 

という感じで、
「これは良いゲームです。平成最後の夏にぜひ一読してはいかがでしょうか。」
と草稿を書いたのが7月のことで、この記事を完成させたのは9月。
夏が終わってるじゃん。まあ優れたゲームなのはまったく揺らがないので、平成最後の年に人類最後の夏を過ごしてはいかがでしょうか?ザンキゼロの夏は終わらない。

 

サチカ周辺で言いたいことがあるので、あとはサチカのネタバレ感想です。 

 

 

『原罪』の少女 比良坂サチカ/CV.鈴木愛奈

 

鈴木さんの演技力が凄まじい。私はあまり知らない声優さんで最初は「高いロリ声だな」ぐらいしか印象がなかったが、本編で登場するオリジナルサチカ(まあ中の人はパパですが)の妖艶さ、そして物語終盤の泣き演技は圧巻のひとこと。


サチカといえば、クローンサチカがオリジナルサチカの人格も持っていると聞いたとき、「妖艶と無邪気のマリアージュじゃん……しかもマモルにとってのファムファタールで兄妹!最高!!!!!!」ってハシャいだ。パパと判明したときチクショウ……ってうちひしがれてマモルと心情リンクしちゃった。でもすべてを知ったあとでも、あの妖艶で大人びたオリジナルサチカにコーフンしてしまう。

 

「25才」という未来を永遠に無くしたオリジナルサチカ(永遠の少女)、死んでもエクステンドしても元に戻るクローンサチカ(永遠の少女)。赤ん坊サチカになったことで永遠性を失い、祝福を受けて地上に落ちたの好み。これはポエムです。

 

 

比良坂サチカは蘇らない

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すごいおおざっぱな図解(間違ってたらごめんね)

 

正確には「オリジナル・サチカ」です。
作中で寺島ダイチ(以下「寺島」と呼称)が言った通り、「オリジナル・サチカ」と「クローン・サチカ」はフィジカルは同じでも他人である。

 

髪や瞳の色、凛とした意志にオリジナルの面影がある。同じ母親から産まれている(比良坂クララとサンタクララ)。だけど他人である。『寺島ダイチの娘』、『一葉マモルの妹』は絶対に蘇らない。
とはいっても遺伝子や容姿は同じ。生前とまったく変わらない姿でこの世に存在する人間、それを愛するもの。そう簡単には割り切れないもので、マモルはオリジナルとクローンのギャップに葛藤していた。


一方、寺島は『「クローン・サチカ」と「オリジナル・サチカ」はまったく違う。』と最初から割り切ってる。そこはやっぱ前者の反応のほうが人間らしく、寺島は研究者としては優秀だけど価値観が一般とは離れている。そもそもマモルが産まれた理由も、天才×天才=天才の思考実験を実行しちゃお♪だから、根底から価値観はズレてる。

 

寺島ダイチ「ボクはボクなりに、愛情をかけてるつもりだぜ。」


(ファイナルステージより引用)

 

ただ、上記の言葉はウソじゃないと思う。
マモルの名前を「ショウ」にしたかったとか、研究所レベル4の一室(寺島が普段使っていた研究部屋?最期を過ごした部屋?)にあるマモルへの誕生石とか、サチカを殺したクロスケを実験体にして復讐を遂げたり(死刑囚だから利用しやすかっただけかもしれんけど)、寺島は寺島なりに子供への情はあったのでは。

 

妹のためもとい復讐のために滅びた世界で歩みを止めなかったマモルを騙せるぐらいに、寺島の演じた「オリジナル・サチカ」は完成度が高かったワケで、そこは奇人変人天才のなせる観察力かもしれないけど、サチカの頭脳だけに愛があったとは言い切れないのでは?人格にも情はあったんじゃないかな~。
現に「サチカの頭脳と”記憶”を復活させたい」みたいなこと言ってなかったけ、どっかで。

 

「両親はわたしの頭脳にしか興味がない」とサチカは言っていたけど、母親のクララはサチカの葬式で涙を流し、娘をクローンにするために命をささげた。 天才と言っても情緒は小学生の少女で、両親のズレすぎた愛情に気づかなかった可能性も……いやそれはないか。

 

ただ、「自分が死ぬ」瞬間を「エクステンド・テラシマ」は体験していない。つまり、「バックアップされた寺島」と「世界の終りの日に死んだ寺島」は完ぺきに同じではない
マモルに「生きろ」と言葉を投げた寺島は、その瞬間だけは、研究とか打算とか関係なくても、ホントにマモルに生きてほしかった可能性もあったんじゃないですかね。
ラグがあったとはいえ、7日かそこらで人格は変わらないと思うけど諸行無常ってことで、そういう優しい可能性をほんのすこし信じてもいいよね?信じちゃお。