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「CARNIVAL」の感想・レビュー

 

サイコ陵辱ノベル+アドベンチャーゲーム
この作品をDMMで購入した理由は「グリリバによく似た声の人もとい氷河さんが出演している(V3の天海で狂った時期に購入した)」+「作品の評価が高い」。で、前者が理由で物語の核は早いうちにわかった。
ノベル版を読むことで完結するらしいが、いかんせんプレミア価格で入手難度が高すぎるのでそちらはパス。ごめんね。


物語は「CARNIVAL」・「MONTE-CRISTO」・「TRAUMEREIの3篇で構築されてる。「CARNIVAL」は、学の散らばった思考をそのまま文字にアウトプットしているようなテキスト。「MONTE-CRISTO」は答え合わせ。「TRAUMEREI」は”彼女”の話。(「トロイメライ」の意味を調べたら【《夢・夢想の意》シューマンピアノ曲集「子供の情景」の第7曲】と出てきて、妙に納得。)

やけに協力的で倫理観の薄い理沙、破滅的でおちゃらけた学の思考、白昼夢のような現実味のなさ。これらにものすごい違和感を抱いてたけど、チャプター2に進むと理解。というか、武が出てきたときなんとな~く察した。

 

ヒロインは5人いるがメインヒロインは理沙、それ以外の女性はヒロインではないと思う(矛盾した文面だけど)。婦警さんと麻里ちゃんはエロゲの体裁を維持する、ぶっちゃけセックスシーンのためのキャラかな?という印象。
詠美と泉の存在は重要。なんていうか、詠美と泉がいることによって学と理沙の異常性…異常ってのも変な言い方だな。「学には理沙しかいなくて、理沙には学しかいないんだな」というのが際立った。泉エンドはあるし「学」とけっこううまくやっていけてるけど、ホントの意味で「学」の”すべて”を受け止めるられるのは理沙だけ、という意味で。

 

川原さんのグラフィックはカワイイ。好き。

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強いデフォルメと生き生きしたキャラクターが魅力的、ちょっと女児向けアニメを思いだす。構図も凝ったものが多くて好み。陽のオーラが強い絵柄で、明るいとは言えない本編に加わると不思議な魅力を醸し出していた。
あとOP詐欺すぎでしょ、ほのかな闇がアクセントの萌え系日常ゲーじゃん。私のやったCARNIVALとは別作品ですね…。ハイクオリティ・アニメーションだから騙されちゃう人いたのでは?でも右下にテロップあるから大丈夫か。

 

例えば、わたしが「CARNIVAL」へ抱いた感情がほかのプレイヤーと完全に一致する事はありえない。人間は誰しも主観で生きている、幸福の価値観も人それぞれ。それを描いた作品だった。
バイオレンス要素が強いし、明るい話じゃないし、救いはほとんど無い。でもスラスラ読み進められて読後感も不思議な気持ちだったので「サイコ・アドベンチャー」を冠するだけあるな(?)、と思った。
ネタバレ無しだと深く語れないので、あとは下記に伏せとく。

 

瀬戸口作品は商業小説は読んだことがあるんだけど、エロゲで触れるのは初めてだった。おもしろかったです。あと、OVERDRIVEのCF達成おめでとうございます!

OVERDRIVE最終作「MUSICA!」開発プロジェクト - CAMPFIRE (キャンプファイヤー)

 

余談

UIは映画「トレインスポッティング」を意識してるのかな?
偶然かと思ったけど、タイトル画面や「#」の付け方が合致してるからオマージュな気もしてきた。ちなみに映画との共通点は「バイオレンス要素が強い」ぐらい。UI担当のかたが好きだったのかな。

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▼上2枚が「CARNIVAL」
▼下1枚が「トレインスポッティング

 

あとはネタバレ。

 

 多重人格

 本作はデフォルメされた多重人格もの。エロゲで多重人格ものって結構あるな、アドベンチャーと相性良いもんね。手法は同じでもテーマはまったく違うから面白い。
主人公というか語り部の「学」と「武」が二重人格、(あともうひとつ人格があるっぽい)。そして『CARNIVAL』は「彼」と「理沙」の物語だった。

 

理沙は才色兼備で学業優秀、人望も厚い。家庭環境も”ある一点”を除けば問題ないし、経済的にも恵まれている。一般的な「幸せ」のモデルケースな彼女だけれど、TRAUMEREIを読むと彼女はけっして幸せではない。彼女は生きることに罪悪感を持っている、心の奥底に沈殿して消えることのない罪の意識を。

幼少時からつづく父親からの性的虐待が、理沙の人格形成に大きな影響を与えている。理沙が語り部の「TRAUMEREI」は読んでいて、かすかな違和感を覚えるんですよね。すごーく陰鬱なことも、彼女はサラッと流してなんでもないように描写する。”彼女”の視点は、プレイヤーから見るとこわれている。そんな理沙にとって学は神様なんだな、と思った。

 

「好きっていうか、なんだろう、特別なんです。彼のためなら、私はどうなったっていいし、彼が決めたことは、多分私が決めたことよりも正しいし、だから彼の言うとおりにすることが私にとってベストなんです。」

 

泉とキリスト教の話があったけれど、泉はキリスト教を必要としない少女なんですね。理沙から見ると泉は「生きるエネルギー」に満ちた子で、リスカもトライしちゃう。
トゥルー?なのかな、学と一緒に暮らしていくことを決意するEDは、憧れていた「生きるエネルギー」に理沙が追いついて、ガラクタみたいに壊れやすい幸せだけどこの瞬間この刹那だけは幸せを追うことを「ニンジンを追いかける」ことを信じてもいい。そこに辿りつくまでの、一種のボーイ・ミーツ・ガールなのかなあ、と。

 

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少年と少女が出会って世界は変わらないし、世界のやるせなさや不条理はどうしようもない。だけどおたがいの世界に、ちょっとした革命は起こせる。そこに辿りつくまでの話だと私は思いました。わたしの視点、了。