読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

闇鍋

恋愛ADV(エロゲ・ボブゲ・乙女ゲ)の長文感想置き場

「夢幻廻廊」の感想・レビュー

男性向き-成人

 

美しい奥様が支配する館、4人の美しい娘と2人のメイドに囲まれながら記憶喪失の少年が「かとる(家畜)」として過ごすペットライフアドベンチャー
精神(魂)調教ゲームともいう。


散布された多くの謎に惹かれてドンドン読み進められられた。
でも最終的におおまかな仕組みは明かされても細部の謎が残ってしまい、投げっぱなしかい!とびっくり。
なのでスクショを見ながら自分で考察してみたけど矛盾する点が多くて、答え合わせが本編で無い以上それが正しいのか間違ってるのかは不明、そもそもちゃんとした答えがあるのかも不明。

 

まあ、お屋敷はマクガフィンで重要なのは「”たろ”が人間から家畜になることで、お屋敷は安息な楽園になって、誰もが傷つかない円滑で理想的なコミュニケーションができるようになったよやったね」だろたぶん。
だから因果があやふやでも、細かいことは気にしないことにした。
でもお嬢様たちの出自は大事だと思ったので切り込んでくれると良かったけど、断片しか見えなかったのが残念。

 

 

”たろ”の一人称で語られる文章は独特、主観による文章は物語の深度に比例してドンドン変容していく。
プレイ中盤までの赤の日は「かとる」としての扱いが(下僕や犬に近いけど)まだ人間に近くて、エンディングも『「かとる」でありながら主人を愛してしまい、両想いになる…』と、ドM向けゲーと聞いていたのにふつうに階級差の純愛。
でも、どのエンドもふたりの末路はアレなので第三者から見たらハッピーじゃない。

 

一方、中盤以降の黒の日は本領発揮といったところで、この作品を知ることになったきっかけのくつしたおいしいが始まり、「かとる」の名に恥じないそのまんま家畜の扱いを受ける”たろ”。
この頃になると”たろ”は人間の尊厳を捨てて(捨てざるを得ない状況だし)、家畜の考えそのものに。

「痛みも苦しみも……死ですらも
それが幸せであるならば、拒むことなんて、できっこない」

だけど本人はとっても幸せなので、赤の日エンドと本質は変わらない。

 

「妾が『わかりません』と答えて欲しい場所で『わかりません』と答え……
『わかりました』と答えて欲しいところで、『わかりました』と
答えられるなら、実際に理解している必要さえ、ないの」

どの役割も必要な箱庭で中身(人間)を入れ替えながらロールプレイを続ければ、それは誰もが互いを必要とする永遠の楽園。
そして、その一部である「かとる」は最下層の立場な家畜だけれど、同時に主人を支配する存在。

「縛るものは、縛ることに縛られる。
主従は階級的なものでしかなく、精神的には、ときにそれは逆転するものよ?」

 

 

『自分の意思で行動する自由があるかわりに責任を受ける人間よりも、なんにも考えなくて相手に愛されることだけを追求する家畜でいるほうが人生楽しいから人間やめます!』って感じで、SM関係にも深く切り込んだ作品なんだろうなあ。
精神構造や哲学などの難解な部分が多くて、クリアしたあともうまく噛み砕けているかわからんけど、こんなんだと思う。

 

死ななきゃ辿りつけない天国なんて、この世じゃなんの価値もない。
ねえ、きみは君は何を望むの?

この文章が出たときは、何とも言えない気持ちに。

本作まるまる”たろ”を家畜に調教するまでの過程を描いた作品で、ハードなSM関係を扱っているのにプレイしててしんどいつらいってことは、あんまり無かった。
なので”たろ”が「自分は幸せだ」と感じるのは理解はできた。でも同調はしないわ、私は人間でいたいです。

 

そしてミノタウロスの皿のミノアと主人公の関係が好きな私にとって、祐美子と”たろ”の関係は好みだった。
でも一番好きなキャラクターは薫子様です、くつしたはおいしくないです。

 

たろ

最初は弱気で従順な少年でプレイヤーと同調するシーンも多かったのに、だんだんと逸脱した価値観に変容していく。

灰色の人生をおくっていて、中学時代にいじめられていたときは極彩色があふれてた。
逆説的にいえば、いじめられているのは誰かに必要とされていること。
要するにドM。


屋敷を脱出しても必ず自分の意志で戻ってきてしまうのは、外の世界は、人間が人間として「個」で扱われている世界。
屋敷で「かとる」は人間ではなく家畜として扱われ、薬物で判断力を奪われ、そこに「個」は無い。
そのかわり、すべての責任を放置してお嬢様がたの寵愛を受けるために生きていける。それがたろにとっては一番生きやすい安寧の方法、だからたろは館に何度も戻った。

 

というか屋敷の住人の全員が「ひとりぼっちはいや」な孤独を恐れるひとたちの寄り合い場だと思う、お嬢様がたの出自が語られないからイマイチわからないのがネック。
1週目のxx日目で屋敷の向こうはハリボテ?って書かれていたけれど、たろが裸で散歩されても無関心な外界も館と同じく奥様の世界で、もっと言うと奥様とグモルクのゲームの盤上なのかね。

 

すぐ勃起のパターンは笑ったけど、薬物の効果って気づいたら笑えない。
あとグモルクと会話できるようになった9日目の赤目と青目の”たろ”が怖い。 
深夜にプレイしてたからヒッとびびった。
薫子も怒ったときは赤目になったし、お屋敷の求める役割に沿ってると赤目なのかな。

 

九条薫子

深層の令嬢、病弱で世間に疎いために天然なところがある。
20歳以上にしては子供じみた(というか子供よりも粘着的な)独占欲が重い面倒くさいお人。
得意なのは精神調教、くつしたおいしい。
自慰のときはわたくしの靴下を思いながらしてね♡は何かこういうなんとか効果ってのあったなあ、名前が思い出せない。

 

麻耶と浅い付き合いではないようだけれど、不明瞭だった。
たぶん前の「かとる」がグモルク(”たろ”)で彼を救うためにメイドの麻耶が包丁で刺してその傷が原因で薫子の今の病弱さに繋がって…たぶんこんな感じ…たぶん…でもコレだと麻耶が「かとる」なタイミングがいつかわからない……ループとはいえ因果がメチャクチャだよこの屋敷。

 

黒の日エンドで、薫子と”たろ”の立場を入れ替えることで奥様に許しを得るのはツボだった。こういう立場入れ換えIF好きなんだよね。


九条麗華

バイオレンス、後半に比べたらほんわかペットライフな赤の日2日目でディルドで”たろ”を掘り始めるのは今考えるとやばい。
そのあと肋骨三本と右腕骨折させられても”たろ”はケロッとしてて、奥様が”たろ”はループを歩む才能があると言ったのもわかるわ。

 

当初、”たろ”に一番こわい人だと認識されるんだけれど後半になるにつれて、この屋敷では一番まともな人だと発覚。
調教専門の「かとる」で、その役割に従順する意志と正常な感覚が衝突して、今の状況になってるのかな。

 

赤の日エンドで”たろ”と脱出するけど、結局ドMの”たろ”だけは屋敷に戻って祐美子様の犬だワンに。
麗華だけは外の世界でOLになって生きているようだけれど、黒の日エンドを見ると結局戻されるのかなあ。
黒の日エンドは、奥様の『家畜がいなければ鞭に意味はない』通り、”たろ”と麗華はこのまま互いが互いを必要として永遠に暮らすっていう奥様の狙い通りなやつで、麗華的にハッピーなエンドは無いんだなあ。

 

九条祐美子

最初から”たろ”に対して、穏やかで心優しいお方。
こういうキャラクターは十中八九腹黒とは言わずとも、腹に何か抱えているもんだけれど祐美子に裏表は無い。
すべての行動が、”たろ”への善意。
『異常な環境(と薬物投与?)によって、”たろ”の言葉が動物の鳴き声にしか聞こえず、”たろ”を愛玩動物としか認識していない』という致命的な一点を除けば、”たろ”に慈愛を向ける本当にお優しい祐美子お嬢様。

 

残飯メシや「たろは汚くありません!触ったあとは手を洗えばいいだけじゃないですか」は、彼女と”たろ”の間にはどうしようもない隔たりがあるということを再認識させてくれる名シーンですね。
善意でつばかけてるんだよな…”たろ”のキスのときのつばだと思うことにするってあまりに前向き。
そのあと帰って祐美子様でオナるのウケる、”たろ”の精神ハードすぎるでしょ。

 

赤の日エンドで、たろの言葉が理解できるようになって一緒に脱出するけれど結局一緒に帰ってしまう。
クシが無くても思いを言葉で伝えられる外の世界なのに、人と人の言葉だけの絆の結び方がわからない同士、この2人は外の世界では幸せになれない。
お屋敷のたがいに気持ちを投げ合って気持ちが混じらないどこまでも平行線な関係が、彼らにとって最善な幸せ。
メチャ好みなんだよな。

 

黒の日以降のワンワン”たろ”になったら、祐美子は”たろ”の首輪がきついことに気づく。
以前いくら言葉やしぐさで説明しても伝わらなかったのに、人間性を捨てたことで思いが通じるってのが最高の皮肉。

 

”たろ”と祐美子が一番似てるんじゃないかな、孤独を恐れて状況を享受するってとこが。
だから麗華や薫子によって脱出しても、犬を連れた美しい祐美子お嬢様を見かけて、”たろ”は屋敷に戻ってしまう。

 

ちなみに8日目の「いっぷ」は『全裸で街に四足歩行で散歩』で赤の日でも黒の日でもほぼ同じで、「四歩歩行じゃないとちゃんとしつけてないみたいではずかしい」って祐美子の本性が出たと最初は思ったものの、黒の日で「人間と同じ優しさを向けるのはエゴだった、『かとる』をちゃんとしつけるのが『かとる』への本当の幸せ」と言っているから矛盾してないか。
因果がやっぱわからん、この屋敷。

 

黒の日で”たろ”をしつけないと自分が家畜になるかもしれないってとこで、”たろ”と自分を天秤にかけて最終的に自分を選ぶけど祐美子が人間である以上いちばん大切なのは自分ってのはしかたない。
”たろ”のように全てをお嬢様に献身できるほうが、まれ。
ああ、だから「かとる」としてループを歩む才能があるのか。


それにしても黒の日エンドはどう解釈すればいいのか。
館の永遠に必要なものは奥様とグモルクで、奥様は娘たちのなかから1人を自分と同じ人格に育てるために屋敷の装置を設置して、どのエンディングでも両想いになる祐美子と”たろ”は奥様とグモルクに繋がって……ってもうわからんわ。

 

九条奈菜香

電気あんまのイメージが濃い。
子供ならではの無邪気さと残酷性がウリなんだろうけど、上の姉妹が強すぎて(薫子と祐美子)かすんでた。

子供だから屋敷の常識に沿った行動をするけど本心は縛られていない、祐美子の『「かとる」に人間の言葉は通じてない』という言葉をあまり信じてない。

 

奈菜香・黒の日エンドで、”たろ”の墓を作って悲しんでいる。
これは、この時間軸の”たろ”が死んでグモルクになった瞬間なんだろなたぶん。