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闇鍋

恋愛ADV(エロゲ・ボブゲ・乙女ゲ)の長文感想置き場

『大正×対称アリス』の感想・レビュー

女性向き‐全年齢

やったのはPC版だけどVita版も出たことだし昔の感想をひとまとめにした。

それにしても、PCゲームでしか出来ない表現や分割4作品ならではの攻略順を試していたので移植は難しいだろうな~~と考えていたら、まさか最終巻発売から半年で完全版が出るとは。
私はリアルタイムで追うために金出したと考えてるからショックじゃないけど、怒る人は怒りそう。
とはいえやっぱ規制がかかって修正したところもあるようなので、むきだしの対アリを見たい方はPC版をどうぞ。特にエピソード2。

 

 

男性向け女性向け問わずアリスモチーフのADVは多いね、誰か数えてほしい。
本作のメインモチーフは「鏡の国のアリス」、ジャンルは「夢見るおとぎ話アドベンチャー」。
シンデレラ(男)や赤ずきん(男)など、彼らとイチャイチャできるっていう点では乙女ゲーっちゃ乙女ゲーだけど、ここで留意しておきたいのは、
『おとぎ話のキャラクターが男性になっちゃった?!恋愛するよ!』ではなく、
『おとぎ話のキャラクターが男性になっちゃった?!有栖川百合花と恋愛するよ!』
が正しい作品ということ。

 

ヒロインの百合花はしたたかで小悪魔チックなのはいいとしても、ルー語を使いこなして攻略対象を救うためなら命をバンバン張るので、プレイヤーに自己投影なんてさせる気が微塵もないままぶっちぎり唯我独尊。

キャッチコピーの「これは王子を救う物語」に偽り無しというかそれを具現化したみたいな存在で、清く正しくヒロイックさを追及するヒロインのためのヒロイン。
すべてを知ったうえだとなるほどなーと思うけど、すこし狂気を感じる。
でもそういう百合花じゃなきゃ、王子を救えなかっただろうな。

 

そんなヒロインのクセに加えて、「セリフ(心情)」といった形式を挟みつつネットスラングやメタネタぶちこみ文章で、ダメな人はダメな作品だと思います対アリ。
さらに各ルートで、元ネタのおとぎ話の再演シーンが何度もあるから、それが全体的なくどさに加わっている。
とはいえ古典の再演パワーは強いしメルヘンが好みな自分は楽しかったけど、対アリ自体反復が多い作品だからくどい作品と言い換えても支障が無さそう。

あと、アリスが好きになれるかどうかで本作の評価に補正がかかる。
わたしは乙女ゲー版古御門研介にしか見えないってことで気に入ったキャラだったけど、彼が苦手なひとは本作にどんな感想を抱いたんだろう。

まあ、ただひとつ断言できるとしたら本作はまごうことなき純愛ゲーです。

あとタイトルの「対象」は回収するけど、「大正」のほうは深い意味を期待しないほうがいい。

 

 続きはネタバレ、漫画「絶望先生」のネタバレもあるから注意。

 

1巻は「こうして2人は幸せに暮らしました…」っていうオーソドックスな普通の乙女ゲー的な締めなのに対して、うってかわって2巻はカウンセリングADVでバッドエンドの嵐なので一発間違えれば即アウト。
気分は初代バイオのナイフ縛りプレイ。

 

3巻は今までの伏線回収のネタばらし。 
2巻では特に顕著なデフォルメされた心理学・精神医学が絡む攻略。
毎回少しずつ違う舞台設定と、全てのバッドエンドに必ず登場してメタ発言を投げかけてくる「魔法使い」という青年キャラクター。
そのへんが全部回収される、それを理解するとファンタジーな舞台やキャラにしては浮いた存在である薬物や闇金はリアルの象徴だったんかなーと思う。

 

プレイ中に攻略対象が多重人格の線は疑ってたけど、そしたらまじもんのカウンセリングADVだなワハハって思ってたらそれが笑えないことに。
しかも一部じゃなくて全員かよ。

プレイヤー側は『シンデレラor赤ずきん→グレーテルorかぐや→白雪→魔法使い』と攻略していたけど、実際は逆で、物語中の現実世界の百合花は(ややこしい)魔法使いから攻略していた。
たぶん、精神的にヤバそうな人格から攻略したんだろうなーと納得。
道理でエピソード1のふたりは、普通の乙女ゲーなワケだよ。

 

 

で、最終巻のエピローグ。
ジャケット画像が公開される前のアマゾンではなぜかアダルト扱いで、タイトルや容姿的にアリスと百合花は実の双子で近親的なアレでグレーテル以上にひっかかるところがあるのかと危惧してたら別にそんなことはなかった。

閑話休題

百合花は攻略対象に合わせて自分をカスタマイズ、何にでもなれるポーンの自分を昇格(プロモーション)して相手の都合の良い女になっていた。
コレは斬新…というか百合花こわいな。
7人の人格ごとアリステアを愛して、魔法使いという人格のために処女…は捧げなかったか、まあそこは置いといて、全てをハッピーエンドにするためなら自分すら駒にするって彼女の異常ともいえる献身的な自己犠牲は、どっから出てくるんだ。
アリステアの言葉によって救われたみたいな描写があったけど、それにしても。
まあ、それが彼女の性質であり、最初から宣言している通り「好きな人のためなら自分はどうなってもよい」なポリシーは歪んでいないので、ある意味では正常なのかな。

 

エピソード3までクリアしたとき、「アリステアを救う行為、つまり彼にとってのハッピーエンドは過去と向き合って他人格を統合することに繋がるのかな。だけど、それではシンデレラたちのハッピーエンドに繋がらない。”アリステアのハッピーエンド”=”ほかの人格のハッピーエンド”は、同位義ではない。どうするんだろうエピローグ。」とか考えていたけど、まさかのまたがけエンド。

 絶望先生のハーレムエンドが好きな自分にとって、このエンドは色々考えさせられた。

 

 

「一人の人間が複数の人格を有する多重人格とは逆に、
一人の人格が複数の人間の中に存在していたんです。
共有人格。PN(パーソナリティ)シェアリングとでも申しましょうか。」


さよなら絶望先生(30) (週刊少年マガジンコミックス)(127-128P)から引用。

 

そんなかんじで絶望先生は臓器移植による共有人格の話で、最終巻に収録されているアナザーエンドは主人公・望が、絶望少女たちの数だけ存在する「カフカ」という少女をまるごと全て愛するってもの。
絶望少女たちを通して、カフカという少女を瞳にうつす男。
糸色望」と「カフカ」という1対1の図式は決して崩れることはない。

対して本作の図式は、「百合花」と「それぞれの王子たち」。
つまり、どこまでも『「百合花」と「シンデレラ」』や『「百合花」と「赤ずきん」』という1対1の矛盾した図式を貫いた。

 

絶望先生のアナザーエンドおよび正規(?)エンドは特殊な状況だから成せたもので、「ひとつの体に心はひとつ、一人の人間に対して愛する者は一人」が一般的な美徳とされるなかで百合花が勝ち取ったハッピーエンドはいびつで美しい。
やっぱ彼女のいちずさは狂気と紙一重。

ただ、「あまたの人格を含めてそれぞれを個別に愛する」という思考も、本編の描写で言うなら個性か。
事実、自身の容姿を異常と嘆いていた幼い百合花は、アリステアという「王子」の出会いで一変。
お姫様になった少女は、自分の風変わりな愛すら肯定して「王子」を救う、それはアリスのヒロインの「百合花」も例外ではない。
そして、彼女は最も理想的なエンディングを勝ち取ったのだった。やったぜ。

 

ちなみに最終巻のバッドは、今まで女王の百合花が行ってきた王子を幸せにする方法を、逆にアリスの百合花が行う。
この終わり方だと魔法使いが圧倒的に不幸だからバッドなのか。
アリステアの人格である「魔法使い」が幸せだったなら、百合花にとってはハッピーエンドって扱いになりそう。

 

あと、恋愛ゲームの主人公は大なり小なり個性があるけれど、プレイヤーが操作する以上、それはプレイヤーの分身。
だけど本作のヒロイン「有栖 百合花」はプレイヤーが操作する分身であり、現実世界の百合花の駒でもある。
つまり、プレイヤーはどこまでいっても「百合花」という少女の手のひらから逃れられないので、こちらは完全に観測者側になるしかない。
その辺が、なかなか斬新だった。

 

萌え的には、エピソード2のグレーテル怒涛の姉さん呼びラッシュや赤ずきんルートはニヤニヤで良かった。
前者は椅子から転げ落ちる衝撃、弟キャラっていうか年下属性好きなんだよね。
クイーンと魔法使いの邂逅シーンの演出も好きだったし。

 

「ハーレムを皮肉っていたはずが、一番美しくて賢いかたちのハーレムになっていた」という絶望先生のレビューがあって、自分はその言い回しが好きなので対アリもそれ風にかみ砕いてジェル状に言うなら「ひとりだけなんて選べねえ、せっかくだから一番美しくて賢いかたちの逆ハーレムを選ぶぜ」って感じの作品だった。雰囲気ブチこわし。